三毛犬ジョニーへの伝言

旧「自堕落な蟻」 ブログ名変えました。ジョニーは昔飼っていた可愛いビーグルの名前です。

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雲さん コメントありがとうございます。

コメントをいただいた「さよなら渓谷」の記事のほうにお返事をしようとしたのですが、NGワードでもあるのか、「不正な投稿」だと弾かれてしまいます。。
なのでこちらにお返事させていただきました。

雲さん はじめまして!
コメントありがとうございます。拙ブログの記事に目を留めて下さり、とても光栄です。
また記事に共感してくださり、とても嬉しいです。
実はこの作品だけは、書店で文庫を見かけるだけでもぞわっとするぐらい、苦手なんです。。

「怒り」の映画をご覧になったのですね。俳優陣がとても豪華で、皆熱演されているそうですが、話題になっているやっぱり広瀬すずさんのシーンがネックになり、未だ観られずにいます。
さよならの真木さんも広瀬さんも、こんな辛い演技に体当たりされていて、女優というお仕事に敬意を払います。
でもこのシーンに関する記事やレビューを読むと、本来娯楽であるはずの映画で、こんな惨いシーンを視聴者に見せつける意味は何だろうと考えてしまいます。
もしかしたら観る者の心の中にも、映画の落書きの主のように強姦シーンを楽しんでいる向きがあるのではないかとすら思います(特に男性には)。
レイプ被害を扱った「声なき叫び」というカナダ映画では、被害者女性ではなく、被害者の目から見た加害者男の姿が映されます。
被害者の辛さを訴えるなら、下着を剥ぎ取られる少女の姿ではなく、「声なき叫び」のように少女から見た男の野蛮な姿のみを映せばいいのにと思います。
私も原作小説は未読です。いつか気力のある時に、一応は目を通してみようと思っています[絵文字:v-356]
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「インターセックス」  帚木 蓬生

「神の手」と評判の若き院長、岸川に請われてサンビーチ病院に転勤した秋野翔子。そこでは性同一障害者への性転換手術や、性染色体の異常で性器が男でも女でもない、“インターセックス”と呼ばれる人たちへの治療が行われていた。「人は男女である前に人間だ」と主張し、患者のために奔走する翔子。やがて彼女は岸川の周辺に奇妙な変死が続くことに気づき…。命の尊厳を問う、医学サスペンス。
(アマゾンの紹介文より)

帚木 蓬生、という作家さんはよく書店で目にしていましたが、一度も読んだことがありませんでした。
そもそもお名前を何と読むのか分からなかったです。
「ははきぎ ほうせい」と読むのですね。
源氏物語のような、変わったお名前だなあと思っていたら、やはり源氏物語にちなんだペンネームなのだそうです。

さて、初めての帚木 蓬生、「インターセックス」
驚異的な記録を出した陸上の女子選手が、染色体上では「男」だったという話を思い出し、手に取りました。
が、これは以前大変評判になった、ピカレスク小説「エンブリオ」の続編でした。
「エンブリオ」は私の親友が激賞していたので文庫を購入していたのですけど、そのまま積読状態になっていました。
「エンブリオ」を先に読むべきだったかな。。

でも「エンブリオ」の主人公、岸川に何の先入観も持っていなかったので、単に超合理主義のクールな医師かと思って読み進めていました。
続編からでも十分楽しめると思います。

終盤にサプライズがあるものの、表題の「インターセックス」の問題と、「エンブリオ」続編としてのミステリー部分にほとんど関連性がありません。
「エンブリオ」完結編とするならインターセックスの話はいらないといった読者の意見も見かけました。

それでも作中で語られるインターセックス・・半陰陽と言われる様々な人たち、その苦悩とそれをいかに克服したかの独白には心を揺さぶられるものがありました。

作中でこれは心に刻んでおきたいと思った文章があるので、ここに記しておきます。
ミステリーの謎ときには関係のない部分です。
おそらく医師である作者が、普段からお考えになっていて、読者に強く訴えたいと思っていることではないかと推測します。

(以下引用)
本当に身体の診察をしなければならない患者は稀だった。おざなりな身体の診察をするよりは、患者の悩みである不眠や手のしびれ、足の冷え、のぼせ、めまいと耳鳴り、倦怠感、頭痛、肩こりに、真剣に耳を傾けたほうがました。そうした患者は、もともと身体疾患として、月経障害や更年期障害、子宮内膜症、子宮筋腫、月経前症候群、卵巣の病気を抱えていることが多い。
逆に言えば、産婦人科の患者を診察していると、彼女たちの置かれた辛い環境が見えてくる。具合が悪いにもかかわらず家事や育児をしなければならず、姑や舅の世話を余儀なくされ、定時に会社に行き、残業もしなければならないのだ。全身倦怠感や足の冷え、不眠、めまい、耳鳴りは、生きづらさの悲鳴といってよかった。
(引用終わり)

若くして末期の子宮癌が見つかり、「娘を小さい時から働かせたせいだ」「早すぎる交際がいけなかったのだ」と自分を責める患者の母親に対して、翔子の独白。
(以下引用)
患者の家族は、どこかに原因を探し出し、それによって自分を責めがちなのも、不幸が生じたあと必ず見られる現象なのだ。
そうした原因探しと自責の念は、人間の遺伝子に組み込まれているのではないかとさえ翔子には思える。
おそらく不意に襲ってきた不幸に対して、人は「どうしてよりによって」と反射的に考え、その解決策として原因探しを英、自分を責めるのだろう。人間の遺伝子に組み込まれた知性がそうさせるのに違いない。
要するに、人間の知性は<偶然>を受け入れられないのだ。すべてに因果関係を求めるこの傾向こそが、ヒトをその他の生物から抜きん出させた原因とさえ言える。
(引用終わり)

終盤の岸川の独白
(引用始め)
医学というのは人々の救済の歴史であった一方で、人々を正常と異常に分けて、片方を一方的に患者に仕立て上げるという残虐の歴史も持っています。いわば自然の摂理、神への反逆が医療の歴史だともいえるのです。(中略)
近代医学が真先に、神の意志を踏みにじる傲慢さを発揮したのは、ジェンダーにおいてなのかもしれません。人間は男と女に峻別されるべきだという非現実的な抽象論を、あたかも神の託宣のようにして、医療の社会に当てはめていったのです。
いきおい、人々もそのように信じ込むようになります。この世は男と女しかいないー。そんな真理に相反する観念が信念となって、人間社会のすみずみの分野まで浸透してしまったのが近代ではなかったかと思います。
先生がいつか言われたように、この世にいるのはまず人間であって、男と女ではないのです。男と女は便宜上の色分けであり、画然と区別されるものではありません。色分けも出来ない中間色の部分があっても何らおかしくないのです。それは人間の肌の色と同じでしょう。ヒトの皮膚の色が、黒と白しか認められないのであれば、僕ら黄色人種は、どちらかに強制的に近づけるため、何度も皮膚をはがされたり、肌を染色したり脱色されなければなりません。
そうした理不尽なことを、医学と医療はインターセックスの人々に強いてきたといえます。
(引用終わり)

性同一障害とインターセックスは全く違うそうです。
性同一障害は脳と入れ物(体)が違う状態。
インターセックスは入れ物である身体が、男と女のどちらでもない状態。

でも本来みんな、どちらでもない、なにものでもないのが本当の姿ではないのでしょうか?

男、女、白、黒、黄色、分類してそこに意味を見出し、差別化することで安心している。
誰でも本来は、多種多様なのではないでしょうか。

そんなことを考えた一冊でした。

インターセックス (集英社文庫)インターセックス (集英社文庫)
(2011/08/19)
帚木 蓬生

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どじょうざんまいその3

過去記事 どじょうざんまい
     どじょうざんまいその2

ドジョウアップ




お祭りのドジョウつかみで長女が50匹のドジョウを捕え、飼うはめになったのが去年の九月。

あれから半年。

まだ30匹超のドジョウが健在です。(もはや数えるのが面倒くさくなりました)

ただ、水槽から深夜にダイビングしていたらしく、家具の後ろにドジョウの干物が3匹発見されました。
二センチ四方の、蓋の隅の僅かな隙間を狙ってジャンプしたようです。
深夜のドジョウの運動会は、半端ない激しさです。
台所の三角コーナー用ネットを切って、飛び出し防止のために隙間に張りました。

中ぐらいの大きさのドジョウが一匹、何だか元気がなかったので、他と離してバケツに移しました。
そういえばこのところろ過装置の調子が悪いような。
これは水質悪化による「尾ぐされ病」か?
と、診断して、クリーンFという薬を買って、ドジョウに処方しましたら・・・、
翌日お腹を出して浮いていました。。。

このひと月ほどの間に4匹が死んでしまったので、夫に
「連続殺泥鰌犯」
「たま(私のこと)による薬害死、ジェノサイド」と
殺泥鰌犯扱いされました。

故意じゃないんだよう。
だって世話してるの、私ひとりだし~!

ああ、ドジョウたちが幸せな余生を送ってくれるなら、どこかの川か用水路に放流したい。
それか、誰かこの子たちを貰って可愛がってくれないだろうか。

別れは惜しいけど、どうしてもというのならあげます。
ただし、食べないで~。
全く見た目の良くない、ただの食用ドジョウだけど。
ほんのちょっと、情が移ってしまったので。

ネットでなんとなく

「ドジョウ 捨てたい でもかわいい」

と検索してみたら

「食べるか、責任もって飼いなさい!」と出てきました。

ふぁい。。。
出来る限りお世話します。


まず、調子の悪いろ過装置をなんとかせねば。

早速東急ハンズで新しいろ過装置を購入、ついでにおやつの水草、赤虫を購入。

水がきれいになると、30匹余のドジョウはびゅんびゅんと跳ねまわりました。

新しいおやつの水草も気に入ったようです。

よかったよかった・・。


しかし、君たちの寿命はどのぐらいなのだろう。。

どうせ買うなら、クロ出目金とからんちゅうとか飼いたかったな・・。

などと思ってしまうが、これも縁だ。

出来るだけ世話するよ。


ただし、地震かなにかの災害で、食べるものがなくなったら、ありがたく、お命頂きます。


大阪に行ってきました

3月8日に大阪で従兄弟の結婚式があり、子どもを連れてお式と披露宴に出席しました。

せっかく大阪まで来たのだからと、新大阪駅近くのホテルに一泊し、日曜日は大阪観光をしました。
子どもたちは明日学校だったので、お昼過ぎまでの駆け足観光でしたが・・。

ずっと行きたかった太融寺。
あんなに大阪駅から近いとは・・。

太融寺といえば、淀の方のお墓。
やっとお参りすることが出来ました。

140309_1025~01

藤見東陽氏作の漢詩
2お墓

太融寺のご住職は、ずっと悪女のレッテルを貼られた淀の方の名誉回復に努めておられます。
当然蔑称である「淀君」は用いられず(蔑称であるかどうかは諸説ありますが、私は嫌い)、お墓には「淀の方」とありました。
ご住職ご自身は親しみをこめて、「淀さま」「淀さん」とお呼びになっておられるとか。

太融寺に関しては淀の方ファン仲間のおゆずさんが、素晴らしいサイトを作っていらっしゃいますのでそちらを。

茶々姫をたどる汐路にて(おゆずさんの茶々姫顕彰サイト)

太融寺


かねてから聞いていた通り、美しいお墓でした。
供えられたお花も新しく、お線香もたえず供えられて、ご住職の温かいお心遣いが感じられました。

手を合わせ、しばし心の中で語りかけた後(やっとお参りすることが出来ました。子連れで失礼いたしました、と)

時間もないので、急いで大坂城へ。

私は超方向音痴なのですが、今回は頼りの長男も一緒だったので、移動時は大いに助かりました。


しかし、同じ日本とはいえ、大阪は何となく異文化っぽい。

大阪環状線とは、つまり東京の山手線のようなものなんでしょうか。
でも、なんで大阪⇔新大阪間は走っていないのでしょう??

それと、エスカレーター。
東京では(おそらく関東は大体)皆左側に立ち、急ぐ人のために右側をあけますが、大阪では逆なんですね。
これは大阪だけではなく、関西ルールなんでしょうか。
でもそれだと、車を運転する時、右側を走りそうにならないんでしょうか。。

それとそれと、宿泊したビジネスホテルで簡易バイキングの朝食を取ったのですが、
納豆がないよ。。
予想していたこととはいえ~。

(続きます)








ドジョウざんまい

今を去ること二ヶ月前、隣町のお祭りのイベントで「ドジョウつかみ」があり、お祭り好きの長女はいそいそと一人で出かけていきました。

インドア派面倒くさがりの私と次女は家で本を読みながらゴロゴロ。長男は巣(自室)で爆睡。夫は行方不明(おそらくホームセンターかどこかに出かけ中)。

さすがに日曜日の過ごし方としてどうよ、と思い始めた一時間後。まだ長女は帰ってきません。
会場はすぐそことはいえ少し不安になったので、面倒くさがる次女を連れて様子を見に行きました。

そこには三メートル四方の、水を張った青いビニールプールがあり、無数のドジョウがそこに放たれていました。

中には裸足でプールに入ってはしゃぐ子供たち。手にはドジョウの入ったビニール袋。
そしてプール中央で、大喜びでどじょうを追い回す長女の姿が。
浅いプールに這いつくばっている男の子もいます。
逃げ回ったあげく、子供たちに踏まれて絶命したらしいドジョウの死骸もありました。。

いやこれ、ドジョウとしては地獄でしょ。

魚屋さんの仕入れてきた食用ドジョウとはいえ、もうすぐ食べられる運命とはいえ、子供たちの慰みモノとは、哀れよのう。。

哀れなドジョウに同情していると、長女が「バケツ家から持ってきて、これじゃ入りきらない」と、ドジョウが六匹ほど入ったビニール袋を見せます。

それ、まさか持って帰るつもりじゃないだろうな。いらんぞ。

と思いつつも、捕獲されたドジョウさんとしては狭いビニールで振り回されるより、バケツのほうが居心地がいいかも。

と、家から小さめの青バケツを取ってきました。

やがてつかみ取り時間終了。
「お持ち帰りはお一人様十匹まで」と会場に張り紙がしてあります。

が、長女の小さなバケツはドジョウの黒い体がうぞうぞとびっしり。
いったい何十匹いるのか、見当もつきません。

いらん。ドジョウなんて食べたことがない。勿論、料理したこともない。
料理する気もない。そもそも、うぞうぞぬるぬるして気持ちが悪い。


「十匹だけじゃみんなで食べるにしても少ないし、そのドジョウさん全部プールに返してあげれば?」と戦利品を全部持ち帰りたいらしい長女を説得していると、会場係の人が

「どうぞどうぞ。全部お持ち帰りください。いくらでもお持ち帰りください。余っても困るんで。」

・・・おじさん。余計なことを~~!

大喜びする長女と、騒々しい会場に気後れして隅っこでカキ氷を食べていた次女を連れ、バケツドジョウを持ち帰りました。

家に帰り、大きなたらいをだして水を張り、バケツの中からドジョウを救出しつつカウントします。

大体20匹ぐらいかな?と見当をつけていたのですが、

21、22、23・・・まだまだバケツにうぞうぞしてます。

33、34、35、36・・・・まだまだいます。

しかし「ドジョウつかみ」がゲームとして成り立つぐらいだから、とにかくぬるぬるしてつかみ難い。
手の中に入ったと思っても、指の間からぬるりと逃げ出します。

40、41、43・・・。

これは悪夢か。

48、49、50。

やっとバケツが空になりました。

ジャスト50匹!

すごいな娘。

素手でよくこんなに捕まえられたな。

いくら最初から最後までプールで頑張っていたとはいえ。

しかし、どうすんのよ、これ!

(続く)



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