三毛犬ジョニーへの伝言

旧「自堕落な蟻」 ブログ名変えました。ジョニーは昔飼っていた可愛いビーグルの名前です。

再発の所見なし。

今日、夫が会社を休んでくれたので、やっと病院に行けました。

8月に受けたMRI検査の結果を聞くためです。。

少し前まできついめまいに苦しめられていたので、結果を聞くのが怖かったのですが、

「脳は、きれいですね。脳下垂体も再発の所見は見られませんね」

と、言ってもらえました!!

心の底から、ほっ・・(笑)!

病院は激込みで、3時間待たされたけど、行って良かった~。

子守してくれた夫に、帰ってから先生の言葉を伝えると、

「え!脳みそきれい?たまちゃんの脳はしわなしのつるつるなの??」

・・・そうボケると思ったよ。ふふ・・・(?)。
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めまい復活

久々に、きつい眩暈がしました。

娘と散歩に出て、ちょっと座って一休みしていた時です。

以前脳下垂体腫瘍という病気にかかり、摘出手術を受けたのですが、そのときの眩暈と、ちょっと性質が違うんです。

脳下垂体の眩暈は、主に寝ているときに起こりました。
じいん、と頭が痺れたような感覚と共に、身体が沈み込み、天井がぐるぐる回転し始めるんです。

今日のは、起き上がっているとき、ぐらり、ときました。
しばらくじっとしていたら治りましたが。。

夫の仕事が少し楽になったら、休みをとって子供を見てもらって、大学病院に8月に受けたMRI検査の結果を聞きに行くのですが、今月は無理のようです。

まさかまさか・・、再発じゃないよね。。

ちょっと疲れが溜まっただけだと思うんですが・・、とりあえず今日は早く寝よ(汗)。

MRI検査

私は3年前、脳下垂体腫瘍の手術を受けました。
術後の経過は良好で、今では半年に一度、診察を受けるだけになっています。

・・・もうすぐ一年ぶりの、MRI検査です。

あの磁気の筒の中に入るのも、ごおんごおおん、ガチガチ!!というMRI特有の音も、私は平気です。
閉所恐怖症の方だと、とても辛いそうですが。。

でも、どうにも苦手なのが、造影剤の点滴。

血管の細い私は、決まって手首に注射針を刺されます。。うう。。。

嫌だな。

特に頭痛も視野狭窄もないから、大丈夫だとは思うんだけど。

でも再発しやすい病気だし、万一ということもあるので、がんばって行って来ます。

手首注射、怖いよ~。

巨大ミミズか??

3年前の、脳下垂体腫瘍の手術後の、恐怖体験です。。

だ~れもいない病院の廊下を、足音だけがぺたりぺたり・・・、などという恐怖体験ではありません。

心臓の弱い方は、ご注意ください(汗)。

私の手術は、開頭ではなく、経鼻手術・・(鼻の穴から管を通してする、内視鏡手術)で行われました。

このやり方だと、体のダメージも少なく(先生の腕も良かったのでしょうが)、私は順調に回復していました。

術後5日目に、鼻の奥の奥に詰めたらしい、30センチほどの細長いガーゼを取り出すので、耳鼻科に行ってきて、と、脳外科の先生に言われました。

パジャマのまま、ふらふらと耳鼻科に行き、診てもらうと、

「見えないよ。ガーゼ。もう取れているんじゃない?」・・・?

脳外科病棟にもどって、「もうないって言われましたあ~」と子供のような報告をすると、

「いえ、そんなはずはないから、もう一度診てもらってきて」

私は、もう一度耳鼻科にふらふら。。。

耳鼻科の先生「見えないんだけどなあ。ちょっと脳外に電話してみるから、待ってて」

・・どうもその電話のやり取りで、耳鼻科の先生、何やらご機嫌を損ねたらしい。

電話を切ると、明らかに不機嫌に、私に診療台に座るように命じた。

・・すると、背後から、看護婦さんが、私の両腕を、がっと掴んだ・・・!?

ななな、何事??

耳鼻科医師「内視鏡で診てみるから、痛いかもしれないけど、麻酔使えないからね。痛いよ」

と、管を、私の鼻の穴に、ぐぐぐ~っと差し込んだ。

痛いよ!って宣言されてもですね~!痛かったらどうすりゃいいんですか?この看護婦さんが私の腕を抑えているのは、私が痛さに耐えかねて、暴れないようにですか?野戦病院か~い!!

先生は機嫌が悪い。管は容赦なく、私の鼻の穴に、ぐぐぐ~と差し込まれる。

いてててててててて!!!もうや~めて~(横山弁護士・・古!)!!!

「痛いよね~」

痛いよね~!じゃ、ないよっ!!コラァ!!!

気が遠くなりつつある私の目に、テレビモニターの画面が映った。

何やら画面にいっぱいに、巨大ミミズが映っている・・・??

しばし考えて、気が付いた。

これは内視鏡手術に使うモニター画面。あの巨大ミミズは、私の鼻毛なのだ!

自分の鼻毛を、あんなに巨大な画面で見た人が、この世に一体どのくらいいるだろうか・・?

あのモニターなら、きっとミジンコもモスラのように映るに違いない。

それにしても、ああ、夫よ。こんな巨大な鼻毛を生やした私なんかと、結婚してくれてどうもありがとう。
いままでお世話になりました。。。さようなら。

などと、あほなことを考えていると、ふいに、先生が

「あ、あった」
と、事も無げにつぶやき、鼻の穴にするするっとした感触がありました。

それは細長いガーゼが、血で団子状になったものでした。

「頭蓋骨の、鼻の付け根の裏側にね。くっついてたの。よくここに張り付いちゃうんだよね~」

そそそそ、そうですか。そんなところにブラックホールが。。
出来れば一生知りたくなかった知識です(汗)。

よろよろ脳外科病棟に戻り、先生に

「取れまひた~」と報告しました。

私「あの、手術より、ガーゼを取るときのほうが痛かったれす・・」

先生「そうなんだよね~。麻酔できないしね~。経鼻はガーゼ取るときが痛いんだよね~」

せんせい、先に教えといてくれよお~~~(号泣)!

脳と不妊と子供の話②

脳腫瘍と聞いて、すぐに私の頭には、「死」という言葉が浮かびました。

すぐに紹介していただいた大学病院の脳外科を受診しましたが、脳外科の医師の説明によると、脳下垂体腫瘍(下垂体腺腫)は、良性の腫瘍であり、命に別状はない、とのことでした。

手術の方法は、開頭手術と、経鼻手術(鼻の穴から脳に管を通して手術)、ハーディー法(上唇の内側を切開して手術)があり、当然一番体のダメージが少ないのは経鼻法です。
欧米ではこれが一般的ですが、鼻の低い日本人はハーディー法が多いそうです。

お医者さんは、「上向いて、ちょっと鼻の穴見せて。あ、大丈夫そうだね」と仰いました。
・・・ああ、私鼻の穴大きくて、良かった。。。。

一週間の検査入院を終えた後、私は手術を受けるため再び入院しました。

私のいたのは、全国でも有名な大学病院です。
脳外科病棟には、私など問題にならないほど、重症の悪性脳腫瘍の方が多くいらっしゃいました。
人の死ななかったベッドはない、というほどです。

毎夜「痛い!痛い~!」という誰かの悲鳴が廊下に響いていました。
(聞こえてきたのは、男性の悲鳴ばかりでした。女のほうが痛みに強いというのは本当なのかな・・)

ところが皆、そんな病の中でも淡々としておられました。
自分のことより、後に残してきた家族のことを心配しておられました。

手術の日、仲良くなった同じ病室の方たちに「行ってらっしゃい!がんばって」と見送られ、手術室に入りました。麻酔医さんが丁寧に挨拶をされ、私は体に電極?のようなものをたくさん付けられました。
最後に男の看護士さんにぱっと手術衣をめくられ、胸の辺りにもそれ(電極)をつけられました。
「あ~、男の人にちち見られちゃったよ。。。」などと思いつつ、私の意識は遠のいていきました。

先生の仰るとおり、手術は5時間ほどですみました。
脳外科の先生にとっては、難しいものではなかったのでしょう。
目が覚めると、ベットの周りに、夫と、息子と、義母がいました。
(息子は私の入院中、情緒不安定になり、幼稚園を休んでばかりいました。)

ネットで経鼻手術後は顔がゆがむとか、失敗すれば半身不随になるとか、余計な知識を仕入れてはビビっていたのですが、私は先生に恵まれていたのでしょう。
顔のゆがみもなく、後遺症も軽く、順調に回復していきました。。

そんな中、同じ集中治療室で、となりのベットにいた小学6年の女の子と、親しくなりました。
やはり脳腫瘍、だったのでしょうか。大阪や名古屋の病院で手術を受けたことがあり、開頭手術はこれで3回目だと言います。

深夜その女の子は、・・寂しいのでしょう。ベットサイドの明かりを点けたまま眠り、何度もナースコールをしては看護士さんを困らせていました。
ある夜、トイレに行こうとした私は、その女の子のベッドの側を通りました。
女の子は、ひざにぬいぐるみを抱え、じっと俯いてベッドに座っていました。
もしかしたら、泣いていたのかもしれません。。
声をかけるにかけられず、そっと私はその場を去りました。。

このときの女の子の姿は、今でも私の脳裏に焼きついています。
今まで自分の目にしてきたうちで、一番悲しく寂しい光景です。
何か言葉をかけてあげるべきだったのかもしれない。でも言葉が見つかりませんでした。
女の子は私などよりもはるかに重症です。「元気出して」「がんばって」などという月並みな言葉は、いかにも偽善的で軽薄に響くに違いありません。傲慢にすら思われるかもしれません。。

私はそれまでの自分を強く恥じてました。
二人目が欲しいと願ったのは、他のお母さん友達と同じようになりたかったから。
「皆と同じ」になることに何の意味があったのだろう。
私には既に息子がいる。それなのに私はこんなザマになって、息子を悲しませている。
たった一人の子供すら、幸せな家庭、安らげる場所を作ってあげられていないのだ。。
私は何て欲張りで、傲慢だったんだろう・・。

もう子供は望むまい。と、そのときは思いました・・。

ところが、退院後2ヶ月して、何と、私は自分が妊娠しているのに気が付いたのです。
それが今2歳の長女。
長女が生まれて1年とたたないうちに、次の子を授かり、それが今5ヶ月になる二女です。

私は今3人の子に恵まれ、忙しくも楽しい日々を送っております。
脳の検査は、半年に一回受けています。取りきれなかった腫瘍がまだちょっと残っているけれど、バクダンちゃんは今のところ増殖せず、大人しくしてくれているようです。

子供に囲まれる生活は楽しい。けれど日常の幸せに慣れると、それを当たり前のように思いはじめ、傲慢になりかねません。

不妊治療に通っていたころ、私は周囲の人に「早くあんたも子供作りなよっ!」と言われて、・・・瞬間的にですが、殺意にも似た怒りを持ちました。
悪気のない言葉・・「お宅は子供一人でいいわね~!うちは4人だから大騒ぎよ!」などにも、傷つきました。

不妊に悩んでいる人は多いです。私の友人にも子供のない夫婦が結構います。

自分のことばかり考えていると・・、相手の立場に立って相手を思いやる気持ちを持たないと、知らず知らずのうちに、自分も無神経な、心無い言葉を吐いてしまうのかもしれません。

私自身が傲慢な人間にならないために、私はこの先決して、あの当時のことを忘れまい、と、思っています。

今日はちょっと暗いですね(汗)。すみません。。。