三毛犬ジョニーへの伝言

旧「自堕落な蟻」 ブログ名変えました。ジョニーは昔飼っていた可愛いビーグルの名前です。

寂しい卒園式

この3月で末娘が幼稚園を修了しました。

来月からは年子の姉と一緒に小学校に登校です。

しかし…、この地震の影響で卒園を待たずして関西方面に避難帰省する方も多く、卒園式は来賓も出席者も少なめの寂しいものになりました。

考えようによっては、末娘の卒園式は私の三人の子の中で最も思い出深いものになるでしょうし、末娘の代の園児は幼稚園の長い歴史でも印象深い卒園児になるでしょう。

今週の週刊新潮で関西に逃げていく東京民が多い、と報じられていました。

福島原発は東京のための電力を送り出してきたのに、と、やや非難めいた論調です。

少し弁護すると、避難していくのは実家が関西の、もともと向こうの方がほとんどです。

ご主人のお仕事の関係でたまたまこちらにお住まいになっていただけで、東京に根をはる人ではないのです。

ちょっと早めの里帰りのようなものでは。


親類が関西方面にいない人はホテルに宿泊してまで東京から逃げている、と報じられてましたが、少なくとも私の周りにそんなリッチな人はいません。


居残り組のお母さんに、阪神大震災を兵庫で体験された方がいます。

私と同年代と思しきこのお母さん。
一番肝がすわっていました。

余震や物不足や放射能にびびる母親の中で、
「トイレットペーパーがなかなか買えないのだけは困るけど、そう慌てるほどのことはないよ」
と、飄々としていました。

さすが。
スポンサーサイト

余震慣れ

未だ余震は続いています。

毎日毎日、体に感じるだけで3~4回はあります。

震度3ぐらいの地震では全く驚かなくなりました。

ただ、震源が福島だったり、茨城だったり、千葉だったりします。

茨城震源だと、栃木に住む母は(茨城に隣接した市に住んでいます)大丈夫なあ、と心配になったり、福島いわき市震源だと、「神様これ以上の苦難をいわきの人たちに与えないでください」と祈りたくなります。

ちょっと新しい発見がありました。

震源の深さが浅いと地鳴りを感じます。

「ゴゴゴゴゴー」というような。

余震には慣れました。

慣れすぎて、時々眩暈のように、いつも体が揺れているような気がします。



日本は地震大国。

歴史をみても、日本人はずっと地震と付き合ってきたんですよね。


いえ。

たいした苦労もしていない東京都民が、悟ったようなこと言っては東北の人々に申し訳ないのですが。




動じるな

みんな冷静になったのか、あるいは流通が正常化したのか、東京ではやや物不足が収まってきました。

が、今度は水です。

お昼に東京の貯水場に放射性物質が、というニュースが流れるや否や、近所のドラッグストア、コンビニ、スーパーから、ミネラルウォーターの類が消えました。

「一歳未満の乳児には飲ませないほうがよい。

が、大人が飲んでも問題のないレベル

だと枝野官房長官が言っても、

耳に入らないのか、あるいは信じていないのか。


とにかく、情報が足らないのです。

原発にせよ、今回のことにせよ、もとから一般人には分かりにくい。

乳児には飲ませないほうがよい=水道水は危険なものかも、というインパクトのみが一般人には心に残るのです。


素人にも分かりやすい言葉で、早くに説明して欲しいのです。


夜民放のテレビで、専門家の方が実に分かりやすく、今回の事態がそれほど危険なものではないことを説明してくれていました。
こういうことを政府がまずやって欲しいのです。


あと、乳児を育てている若いお母さんに、確実に水がいきわたるようにしてあげてください。

550ミリリットルの水三本を乳児のいる家庭に配ることを決めたそうですが、たったそれだけで大丈夫なんでしょうか。

今日の夕方買い物に出てみると、赤ちゃんを抱っこした若いお母さんが水を探して途方にくれていました。

この寒い雨の中。

あまりにも可哀想です。


そしてまた、買占めに走るのは私よりもかなり年上の世代・・、60代以上と思しき方々なんですよね。。

きっとお孫さんのために安全な水を探しているのでしょう。

そう思いたいです。


このまま水の品薄状態が続くなら、いっそ母子手帳を持っている人だけにしか水を売らないようにするとか。

そのぐらいのことをしてもいいと思います。

少なくとも私も文句言いません。


今は有事。

でも、年を重ねた人間の誇りがあるなら、動じるな。

ばかもの

震災から一週間。

東京のスーパーや小売店では、米・パン・牛乳・缶詰・即席ラーメンの類、レトルト食品、トイレットペーパー・ティッシュペーパーなどがきれいに消えました。
お菓子の棚も、ありえないほどスカスカです。

あれほど何もない店を見たのは、初めてです。

どうやら物不足への不安感からか、まとめ買い、買占めをしている人がいるようですね。

こういうことをやるのは、オイルショックを体験した世代なんでしょうか・・?


缶詰や乾電池ならまだ分かります。

しかし、牛乳やパンを買いだめしてどうするんでしょうか。

米だって、古くなれば劣化していくのに。



物がたくさんあれば、それで不安がぬぐえるのですか。

自分のことしか考えられないのですか。


被災地には、家も車も仕事もなくして、満足な食事もとれず、プライバシーもなにもない不便な避難所生活をおくっておられる方も多いというのに。


無闇な買いだめが、被災者への援助の妨げになっているとは気付かないのですか。


後で謝罪したけれども、石原都知事はこんなことを言いました。

「我欲に縛られ政治もポピュリズムでやっている。それが一気に押し流されて、この津波をうまく利用してだね、我欲を一回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のあかをね。これはやっぱり天罰だと思う。」


我欲に縛られているのは、まさに今の首都圏の人間そのもの。

天罰を受けるのは、私ども都民かもしれませんよ。

そう思うと改めて、東京直下の地震が怖いですよ。。





無事

大変な一日でした。

この大地震の犠牲者の方々に、哀悼の意を表します。

ウシジマくんの教え

「闇金ウシジマくん」という、こわ~い漫画をご存知でしょうか?

闇金という裏社会と、そこに集う愚かで弱くて悲しい人々を描いた、かなりグロテスクな漫画です。

登場人物が醜くて汚らしくて、悲惨な運命を辿る人が多いんですが、

「たとえ飢えて死んでも、闇金でお金を借りるべからず」

という教訓を読者に与えてくれる良い漫画だと思っています。


それはさておき、


ウシジマくんは作中でこんなことを言います。

「札を財布に入れる時は、逆さまに入れろ。金が逃げないように」

金が逃げないように。



うむ。

今まで金に逃げられっぱなしだったのは、諭吉ちゃんに敬意を表して、頭を上にしていたからなのか。


気持ちの問題に過ぎないけれど、財布にゴツゴツした銭ガエルを入れるより、手軽なおまじないです。


諭吉を封じ込めよ。

一葉を監禁せよ。

漱石よ家出するんじゃない。


そう念じつつ、お札を逆さまに入れていると、

・・・以前よりお金の減りが遅いんですよ。

余計な出費をするまいと心がけていたから、無駄遣いが減っただけなのでしょうが。。


でも、さすが金の亡者、鬼畜闇金、ウシジマくんの教え、恐るべし。

Aが去ってBが来た。

二月の初めにA型インフルが、長男と義父母を除く家族四人にやってきました。

関節痛、発熱、悪寒、・・に数日苦しみ、やっと全員全快して、ほぼ三週間。


なんと二女が再び40度近い発熱。

次の日、長男も39度の発熱。


慌てて病院で診察してもらうと・・、

なんと今度はB型インフルエンザでした。


なんてこったい。


ぐずぐずしてインフルエンザの予防接種を受けさせなかったことを、心底悔いました。


来年からは、ちゃんと予防接種受けさせます。

ごめんよ。こどもたち。

こんな適当な母で。

二月読了本

桜庭一樹「少女七竈と七人の可哀想な大人」

決して成就することのない、淡い恋を描いた作品。
主人公二人の、変人ぶり・・、いえ、わが道を行く飄々とした様子が楽しい。

図子慧「媚薬」
   「蘭月闇の契り」

媚薬といい、蘭月闇といい、結構グロテスクな描写もあるのですが、なんか可笑しい。
コメディのように感じました。

媚薬は、まん丸な体でどこにでも現れる日埜戸さんが面白過ぎ。

蘭月闇は、ヒロインがまるで浅倉南のようなみんなにモテル嫌な女ですが
辻先生がいいなあ。
でも、船田君があまりにも可哀想でした。。
  

近藤史恵「狼の寓話」

これは、シリーズ物になるはずだったのかな。
主役2人よりも、へタレくんのお兄さんのおまわりさんがいい味出してました。

篠田節子「レクイエム」
短編集。
最後の話が重くて、心に残る。

村山由佳「ダブル・ファンタジー」
ちょっと、いえかなりアダルトな(半ば自伝的なのか?)小説。
多くの男と巡り合おうと、心はいつも別々の方向を向いている。
主人公は最後まで孤独です。

そう感じるのは彼女が感性の鋭い人間だからで、男女は誰しもそんなものかもしれないのだけれど。
登場人物の中ではキリンさんが一番好きでした。


吉田修一「さよなら渓谷」
とにかく、辛かった。
こういう話は苦手です。

「さよなら渓谷」  吉田修一  (へそまがり書評) 

どこまでも不幸になるためだけに、私たちは一緒にいなくちゃいけない……。

きっかけは隣家で起こった幼児殺人事件だった。その偶然が、どこにでもいそうな若夫婦が抱えるとてつもない秘密を暴き出す。取材に訪れた記者が探り当てた、 15年前の"ある事件"。長い歳月を経て、"被害者"と"加害者"を結びつけた残酷すぎる真実とは――。『悪人』を超える純度で、人の心に潜む「業」に迫った長編小説。
(アマゾンの紹介文より)

「悪人」はひとつの事件を多数の人間の主観から描き、読者にこの事件を俯瞰から眺めているような錯覚をさせてくれました。
「悪人」に続いて「週刊新潮」で連載され、去年文庫化された本作。

・・・・・

これは、かなり心にダメージを受けてしまう、辛い作品でした。
読み終えたのが先週の土曜日、その後ずっと、もう4日間ほど、憂鬱な気分から抜け出せずにいます。

(この作品に興味をお持ちで、これから読もうと思っていらっしゃる方はここでどうかお戻りください)




この夫婦の昔の事件とは、学生時代に起こした集団強姦事件です。
この二人はその事件の主犯尾崎と、被害者(かなこ)なのです。


事件そのものより、その後の(かなこ)が受ける残酷で無神経な、世間の「セカンドレイプ」の凄まじさ。

(かなこ)は行く先々で「レイプされた女」と噂され、薄汚いもののように見られて、仕事も結婚もうまくいかず、死ぬほど傷つき、転落していきます。

一方、加害者達は割りとあっさりと許され、あるいは罪を忘れられ、裕福な者はのうのうとコネで就職したり結婚したり、何事もなく人生を謳歌しているという不条理。
(四人の加害者の中でも貧しいものは悲惨な運命をたどっている、これもまた不条理)


(かなこ)があまりに可哀想で、読んでいて辛かったです。

酷い目にあった人の傷口に塩を塗るように、「軽率すぎる」とか「隙があった」とか、上から目線で貶める輩は、現実でもいます。

しかし、隙のない人間なんて、果たしているのでしょうか。
一生を通じて、軽率な行動を一度もとったことのない人間が果たしているのでしょうか。

まして(かなこ)は当時高校生。
子どもです。
愚かなのは当たり前なのです。

この作品では、まるで(かなこ)の方に加害者よりも非があるかのように、無責任な噂が流され、彼女の人生はぼろぼろにされていきます。

しかし、この(かなこ)の受けるセカンドレイプの数々。
かなりオーバーに描いているなという感じも受けます。

この世の半分は女です。
女なら彼女の痛み、苦しみが分かるはずです。
(一部に苦しむ女性を踏みつけ足蹴にすることで、まるで自分が賢く上等の女になったかのように思いこんでいる情け知らずの馬鹿な女もいるかもしれませんが。)

そして男でも、この手の犯罪を毛嫌いする人は意外に多いのです。

もし、私がそういった無責任な噂を耳にしたら、発信源の人間を死ぬほど軽蔑するだろうし、近くに元性犯罪者がいたとしたら、身震いするほどの嫌悪感を持ったと思うのです。

強姦された女性がいかに人生を狂わされるか、ボロボロにされるかを真正面から取り上げているという面では、レイプを蚊に刺された程度に軽~く書く、感覚鈍磨した一部の携帯小説よりもはるかにマシなのですが。


閑話休題。


本作では冒頭の幼児殺人事件にしろ、主人公の尾崎が関わった大学生の集団強姦事件にしろ、現実に起こった事件を連想させます。

しかし、いまひとつ散漫な印象も受けるのです。

尾崎夫婦の「腐れ縁」に、隣家の子殺し事件が必要だったのかどうか。


そして、主人公(かなこ)と尾崎俊介に共感できないのです。

なぜ、自分を寄ってたかって犯した、それも主犯格の男と夫婦同然に生活できるのか。

「加害者なら自分の過去を隠さなくてもいいから」と、別の人物が作中で推測していますが、いくら心身ともにボロボロになっていても、そんな選択はありえないでしょう。

「不幸になるために、私たちは一緒にいなくてはならない」

「幸せになりそうだったから、離れる」

・・・・・??

かなこの考えることが、私には分かりませんでした。

これがもし集団強姦ではなく他の犯罪、たとえば隣家の起こしたような子殺しが縁だったというのならまだしも。

(かなこ)にとって主犯尾崎は、最も一緒にいてはならない人間だと思うのですが。


この作品はセカンドレイプに焦点が絞られていて、集団レイプという凶悪な犯罪そのものがいかに女性の心身を傷つけるか、それがどれほど女性にとっておぞましい行為なのかが、あまり描写されていないのです。

相愛の相手となら、甘美な行為であるはずのセックス。

強姦というおぞましい暴力行為を受けた経験のある女性は、その相愛の相手との行為ですら、苦痛に感じるようになったという話を聞きます。

(かなこ)はなぜ、諸悪の根源である尾崎を受け入れることが出来たのか。

私には彼女が理解できません。


このあたり、やはり男の人の描いた小説だなあ、と失礼ながら思ってしまいます。

「レイプされた女をどう思う」か、のみをを問い、レイプという酷い行為がどれほど女を傷つけ、どん底におとすものであるかが描かれていないのです。


そして、(かなこ)以上に、尾崎俊介がわかりません。
尾崎は学生時代に起こしたこの事件を心底悔い、(かなこ)に罪を償おうと、それまでの仕事や婚約者も捨てて、(かなこ)とともに生活します。

尾崎が単独犯ならば、まだ、多少は分かります。
もしかしたら感情の行き違い、ということもあるでしょうから。

しかし寄ってたかって集団で高校生の女の子を犯すような輩が、尾崎のように相手に心底詫び、悔いるとは、私には到底思えないのです。

集団強姦は卑劣極まりない犯罪です。
善悪の判断の出来るまともな人間のすることではありません。

集団強姦の主犯格の後悔や言い訳など、善人然として語られても、正直気持ちが悪いのです。
嫌悪感が拭えないのです。

私には(かなこ)も、尾崎も、現実感がなく、浮ついて見えます。


でも、平凡な夫婦であるかのように過ごす二人の日常、二人の体温と汗、質感、暑苦しさ、それに反して渓谷の爽やかさの描写は本当に見事で、そこはうまい作家さんだなあ、と感心しました。
登場人物を突き放したような描写も「悪人」と同じで、見事です。

ただ、私はこの作品は好きではありません。


蛇足ですが、強姦などの性犯罪で心身に受ける傷は計り知れません。
体の傷は癒えても、心に受けた傷は長く残るかもしれません。
でも、決して泣き寝入りはしてはいけません。

もし性犯罪に遭われた方がこの本を読んで、警察へ行くのを躊躇して泣き寝入りするようなことがなければいいけど、と心配になりました。
杞憂かもしれませんが・・。

尾崎のように自分のしでかした事を心底悔い、何もかも捨てて贖罪するような人間は、実際にはいないでしょう。

黙っていればかえって弱みを握られ、強請られる例もあるそうです。

被害届を出すことに躊躇しても、必ず、病院には行ってください。
そして、信頼できる誰かに、相談してください。
決して一人で抱え込まないでください。

どうか泣き寝入りはしないでください。
忌まわしい過去に、ピリオドを打つためにも。


(かなこ)は、過去にピリオドを打つことが出来たのでしょうか。 続きを読む