三毛犬ジョニーへの伝言

旧「自堕落な蟻」 ブログ名変えました。ジョニーは昔飼っていた可愛いビーグルの名前です。

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何なんだ?「歴史ミステリー2」!

洗濯物を片付けつつ、ちょっとテレビをつけてみると、「関が原の戦いの裏に女あり」みたいなことを言っていました。

チャンネルを確認すると、12チャンネル。テレビ東京。

史上最悪の歴史番組(と私は思っている)「トホホ人物伝」を作成したテレビ局。

また「関が原は北政所と淀殿の女の戦いだった」とかいう、カビの生えた俗説を垂れ流すのかな・・、とうんざりしつつ、ついつい怖いもの見たさで目がテレビに向かってしまいました。

時間にして一時間ちょっと、3つ目の話まで観たところで夫にチャンネルを変えられたので、最後の「本能寺の話は観られなかったんですが(他の方の感想を見たら、本能寺が一番面白かったとのこと、残念!)。

感想。

スキャンダラスなトンデモ説をもっともらしく描いてみる、という番組のコンセプトのようなんですが、「ねねが関が原の戦いを引き起こした」って、そりゃないでしょ。

トンデモ説以前に、トンデモない間違いがありましたよ、結構。

まず、
●「茶々は秀頼を産むときに秀吉から淀城を与えられ、それから淀殿と呼ばれるようになった。」

・・・あの~、それ鶴松の間違いですから。

秀吉は築城マニアで、完成するとわりとすぐ廃城にしちゃいますからね。
秀頼が生まれる頃は、淀城はぼちぼち取り壊されようとしていたかと。
ちなみに現在淀駅前に石垣の残っている淀城跡は、江戸時代に建てられた別物です。

●「茶々は鶴松をねねに預けていたせいで、鶴松がねねに殺されてしまったと、思い込んだ。」

誰がそんなことを??
第一鶴松は淀城で死んだの。死ぬときは茶々の元で、病気で死んだんですよ。

そして、言うだろうと思った。
●「ねねは秀頼は秀吉の子ではないと思った」
その理由が「秀吉はそのころ朝鮮出兵のため九州にあって、10月ほど大阪を離れていた。
大坂城にいた茶々と子供を作れるはずがない」

あの~、淀殿は小田原の例に倣って、松の丸殿と名護屋に赴いているんですよ。
ただ彼女が帰阪した時期が、記録がなくて分からないだけ。
おそらく妊娠が分かって少し体調が安定した時期に、大阪に帰ったのでしょうが。

「秀吉も疑いを持っていた、と思われる書状がある。」というから、一体どんな手紙が?とドキドキしていると、出てきたのはあの有名な
「今度の子は二の丸(淀殿)だけの子でいいと思う」というもの。

どう拡大解釈しようが自由だけど、あれは秀次を後継者に決めた後の男児誕生だったので、
秀吉はいろいろ考えることが多かったからだと思いますよ。
正室のねねの気持ちも思いやってあげないといけないしね。

秀吉は度々「非行」や「醜行」のあった侍女を処刑しています。
もしこの時点で秀吉が淀殿に疑いを持っていたなら、彼女の周辺にいた侍女達が責任を追及されて殺されていただろうと思われ。。

●「秀吉の死後京都に住んだねねは、京都奉行の前田玄以と一心同体といっていいほど親しかった。」

ふ~ん。それは新説。

●「前田玄以と組み、朝廷とのパイプ役となったねねは、秀頼を関白にして家康を朝敵となさんとする石田三成の動きを封じた」

そして

●「ねねは関が原を家臣同士の争いではなく、日本全国を巻き込んだ戦いになることをのぞんだ」


・・。

何をどう解釈したら、そこまで話が飛躍するんですか???

ねねさんが石田三成の娘を養女にしていたことは、スルー?
っというか、調べてない?

ねねさんが秀吉没後も秀頼と頻繁に連絡を取り合っていたことは?
「まんかかさま」宛の秀頼の手紙も、秀頼宛のねねさんの手紙も結構残っているはずですが。

ねねさんが、淀殿の寺(実父浅井長政の供養のために建てた)養源院で、淀殿の一周忌をひっそりと行ったことは?

「茶々め。これが乱世を生きるということ。所詮そなたは姫育ち」と
自刃する淀殿を横目に高笑いするねね。。。怖すぎです。

驕慢な美女淀殿(相変わらずの酷い貶められようで悲しくなる)。
でも、本当に怖ろしい悪女は北政所。
・・ということのようですが。。

いくらなんでも、ねねさんに失礼でしょう。これ。

こんな様子だと、義経がジンギスカンだとか、明智光秀が天海だったとか言いそうだな、と思いつつ2話目を観たら、本当に「光秀=天海」の話だったので、笑いました。

3話目は、無論本気にはしないけれど、ちょっと面白かった。
お江が実は春日局に砒素を盛られていたのでは・・、という仮説。

普通将軍の正室側室は土葬なのに、何故かお江はこの時代に珍しく火葬だったのだそうで・・。

しかしやっぱりこれを、「死体に衆目にさらされると困るような特徴・・、斑点があったに違いない。つまり毒殺!」
とまでに結論付けるのは、飛躍しすぎですよ~。

第一火葬だって、燃やす前に死体の顔ぐらい見るでしょう?

しかも参考として話を聞くのが、警視庁捜査一課の田宮榮一氏と、「死体は語る」の監察医上野氏。

こういう方に話を聞くのなら、今大騒ぎしている鈴香容疑者とか、大学生生き埋め事件のほうが適しているのでは・・。

お二方、何だか話しにくそうに見えましたよ。。


「ミステリー」として、スキャンダラスな仮説を立てる、という試みは面白いと思うんです。

でも、最低限のことは、調べましょうよ。

歴史上人物に対して、礼を欠いています。

他の二つはともあれ、関が原の話は酷すぎますよ。
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