三毛犬ジョニーへの伝言

旧「自堕落な蟻」 ブログ名変えました。ジョニーは昔飼っていた可愛いビーグルの名前です。

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「生きる」乙川優三郎

私はクリスチャンではないから、「自らを殺す」という選択する人全てを、否定することはしません。

気鬱のせいもあるでしょう。逃げもあるでしょう、一昔前なら自らの尊厳を守るための死もあるでしょう。

そこには、他人には窺い知れない、苦しみがあると思うのです。


ただ、殉死というもの。

これは、無益、無駄、無意味なものだと思うのです。

しかし、これは現代に生きるものの価値観でしょう。


「生きる」の主人公、又右衛門は、家老から、

「主君が亡くなっても、決して後追いするな」と命じられます。

主君が亡くなれば、恩を受けた家臣は、腹を切って当然、という価値観が支配していた時代のこと。

又右衛門にとって不運なことに、殉死禁止を命じた家老の政敵が、筆頭家老として権力を握るようになります。

主君の死後も生き続ける又右衛門は、周囲から白眼視され、娘は精神を病み、息子は父の代わりのように切腹、愛妻も夫を案じながら、亡くなってしまいます。


後に政敵は失脚し、幕府による「殉死禁止」の命が、全国に下されます。

今まで又右衛門を侮蔑していた家中のものたちは、手の裏返したように、

跡継ぎのない又右衛門に家禄目当てに養子を勧めてきたりします。

「恥知らずと言われながら62歳まで出仕したのも、役料が欲しかったわけではない。

生きて働くことで自分を支え、白眼視した連中を見返したかっただけである。

当然いただける隠居料を辞退したのは、御家のため、世間に対する意地であった。

頑陋(がんろう)でないといえば嘘になるが、頑迷でもないと又右衛門は思っている。

陋習にとらわれてきたのは自分を侮蔑した家中であって、そのくせ絶大な権力が決めたことには

従順ではないか。

物事が正しいか否かは権力の意向とは別のものであるのに、自ら判断を放棄したも同然だろう。」


権力に迎合するは、易いこと。

多数派に立って、他を非難するのは、易いこと。

逃げるように死を選ぶのは、易いこと。

しかし、自分で考え、判断したことをやりぬくのは、難しい。

この終盤の又右衛門の独白は、重いです。

凛とした又右衛門に共感すれども、どんどん苦境に追いやられていく又右衛門は悲しくてたまらなかったので・・、ラストではじんわりしました。

直木賞受賞作ですが、芥川賞向きの作品ではないかなと思いました。

あちらは新人を対象にしているようですが・・。

しかし「生きる」は純文学ではないでしょうか。

よくその辺の線引きが分からないですね。。
生きる 生きる
乙川 優三郎 (2002/01)
文藝春秋

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